2022年01月~人形町 新春開運めぐり旅!

2022年01月~人形町 新春開運めぐり旅!

東急沿線のケーブルテレビ イッツコムチャンネル アクセス(CATV 114ch)にて絶賛放送中の「古今西」。
2022年01月の放送は、「人形町 新春開運めぐり」の旅。

旅のスタートは、江戸時代「富興業(富くじ)」を行なった「椙森神社」から。
今でも宝くじの当選祈願で訪れる人が絶えない神社として有名で、ヒットに恵まれず老後の資金が心配な番組プロデューサーが、そろそろ本腰あげて老後の資金を考えての行動にはドン引きでした!

続いては、明治10年創業のいなり寿司の専門店「人形町志乃多寿司」。
2年程前にも取材させていただき、その後プロデューサーのお気に入りとなって何度も足を運んでいるお店。
ここのいなり寿司は本当に美味しいのでぜひ食べていただきたい逸品。

朝食をいただいた後は、「末廣神社」にお詣り。
こちらは遊郭「元吉原」があった場所にあり、遊郭の遊女たちが祈願に訪れた神社で、今でもその流れをくむ「葭町芸妓芸妓屋組合」を檀家に抱えている。今回、組合の芸子さんにもお話しを伺いました。
遊郭 吉原が明暦3年の大火の後で浅草に移転した後、人形町では歌舞伎が盛んになり歌舞伎の女形を勉強する陰子が陰間茶屋で男色相手が盛んになった。
今回は、芝居の街であり江戸三座のうちの「中村座」と「市村座」があった堺町・葺屋町芝居町跡を訪問。

「東京銭洗弁天」「強運厄除の神さま」として崇められている「小網神社」。
第二次世界大戦の際、戦地へ赴くことになった氏子の出征兵士に対し行った出征奉告祭に参列し、当神社の御守を受けた兵士が全員生還されました。 また、昭和20年3月10日、東京下町地区に未曾有の災害をもたらした東京大空襲の際は、社殿を含む境内建物は奇跡的に戦災を免れています。そのことから最強の厄除けの神様と言われる由縁です。

お昼は、人形町と言えば「人形町今半」のすき焼き!
誰もがご存じの最高峰のすき焼きがいただけます。
今回は、旅の途中でもいただける「すき焼き弁当」をいただきます。
お弁当でも美味しいのが今半ですよねー
もうサイコー

旅の締めくくりは、天正四年(1576)頃、京都三条大橋のたもとに創業し、約60年前に人形町に出店した「玉英堂 彦九郎」。
虎家㐂(とらやき)はとくに有名で、今でも明治座などの舞台の差し入れの定番でもありますが、料理記者の岸朝子さんのお気に入りとして有名なお菓子は「玉万」。
もう悶絶必死の和菓子です。

お楽しみに!

おまけは、新年と言うことで祐汰くんが何んと持ち込み企画、自分でスマホで収録した「もち作り」!
料理が苦手な祐汰くん、新年第一弾の料理のデキは??

 

 

【information】

 

椙森神社 東京都中央区日本橋堀留町1-10-2 ☎ 03-3661-5462 
椙森(すぎのもり)神社では、江戸時代に宝くじの前身と言われる富興業が行われました。それを記念して境内に富塚と名付けた石碑があります。 関東大震災で被災したため、現在のものは二代目で、昭和二十八年再建を始め翌三月除幕式を行っています。
宝くじ当選の祈願においでになる方も、多くいらっしゃるようです。
当社では、くじの日にあたり祈願祭を実施することとなりました。一般の方も境内にてご参列いただけます。

人形町志乃多寿司  東京都中央区日本橋人形町2-10-10 ☎ 03-5614-9300 【営業時間】9:00~19:00
人形町志乃多寿司總本店は明治10年創業、140年の歴史を持つ大阪寿司の専門店です。
『美味しいをつなぐ』をコンセプトに、創業当初よりの伝統の味を守り続けてまいりました。同業他社が作業をどんどん機械化していく中、現代も変わらず手作業にこだわり、手間暇かけた商品作りを続けております。
看板商品のいなり寿司は、完成までに3日間の時をかける、材料と製法にこだわりぬいた究極の一品でございます。

小網神社   東京都中央区日本橋小網町16-23  ☎ 03-3668-1080
【御祭神】
倉稲魂神(お稲荷大神)
市杵島比賣神(弁財天)
福禄寿
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当神社はその御由緒から、「強運厄除の神さま」として崇められています。
第二次世界大戦の際、戦地へ赴くことになった氏子の出征兵士に対し行った出征奉告祭に参列し、当神社の御守を受けた兵士が全員生還されました。 また、昭和20年3月10日、東京下町地区に未曾有の災害をもたらした東京大空襲の際は、社殿を含む境内建物は奇跡的に戦災を免れています。

末廣神社  東京都中央区日本橋人形町2丁目25-20   ☎ 03-3667-4250
古文書によると、慶長元年(1596年)には鎮座していたという記録が残っています。
元和元年(1615年)徳川家康公の命により、山本院實行を駿河の国よりこの地に呼び寄せて当社に奉仕させました。
元和3年(1617年)、庄司甚右衛門らが幕府から許可を得て、当時未開の沼地だった周辺地域を開拓し、江戸町一、二丁目・京町一、二丁目を定めました。これが江戸で初めての遊郭「葭原(吉原)」となり、町が活気づくにつれ、人々は当社を鎮守(地主神)として篤く信仰しました。
明暦2年(1656年)、幕府は江戸市街拡張のため、葭原の移転を言い渡し、さらに翌年の「明暦の大火」により葭原は焼失。同年、遊郭は現在の浅草へと移転し「新吉原」が開かれました。
葭原移転後も町の賑やかさは変わらず、その跡地の難波町(現・人形町二丁目浪花会)、住吉町(現・人形町二丁目二之部町会)、高砂町(現・富沢町南部地区)、新和泉町(現・人形町三丁目東部南側)の四か町の氏神として信仰されました。

人形町今半 水天宮駅前店  東京都中央区日本橋人形町1-14-5 ☎ 03-5652-5045 営業時間 月~金 10:00~20:00/土・日 10:00~19:00
現在の墨田区本所吾妻橋に一軒の牛鍋屋が誕生しました。
明治28(1895)年のことです。
最初の屋号は「今半」だったとも「今用」だったとも言われていますが、岡山から上京してきた髙岡常太郎が始めた商いです。
今半の日本橋支店として昭和27年この地に暖簾を掲げ
人形町今半本店として昭和31年に独立。
牛肉の目利きがお客様の感動を想像し仕入れた
人形町今半黒毛和牛で「世界一のすき焼」を目指し
上質なお料理とサービスで食文化を磨き上げ、
社会に貢献することを使命としています。

玉英堂 彦九郎 東京都中央区日本橋人形町2-3-2 ☎ 03-3666-2625 営業時間 9:00~21:00(土曜~20:00、日・祝~17:00)
天正四年(1576年)頃、安土桃山時代に京都三条大橋のたもとに創業された400余年の歴史を持つ和菓子店。約六十年前に人形町に移転。
人気は虎家㐂。
虎家㐂の由来は、周りについている紙を剥がした時に虎の模様に似ているからというものと、もう一つ先代の当主が3代続けて寅年だった事から寅年の家が喜(㐂)ぶと書いて虎家㐂と名付けてあります。
中国の故事で三代続けて寅年が生まれると、子孫繁栄と言われており、当代が生まれた約七十年前に考案された縁起の良い菓子でございます。
玉万(ぎょくまん)は、著名人にもファンが多く、中心から栗、つぶしあん、紅で染めた白餡、鶯餡、山芋の皮で仕上げた薯用饅頭になります。
5色は陰陽五行の土、水、火、木、金を示しております。

 

 

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